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第328話 ある家の解体現場
よく通る道に、二世帯住宅がありました。実は私のお気に入りでした。外壁の色は薄いブルーで、かまぼこ兵舎を半分にしようなちょっと変わった屋根の家でした。こういうのを建てるのもいいなと見るたびに思っていました。竣工して15年くらいたっていたでしょうか、外壁の塗り替えも行われ古さを感じさせない家でした。先日の夜その家の前を通ったら、大きな重機が駐車場部分にはみ出すように置かれていました。解体されることが明白でした。エッと思わず絶句しました。
それから約二週間で、RCで出来ている一階部分の解体がほぼ終了するところまで進んできました。毎回見るたびに破壊が進み、はじめは映画のセットように壁が壊されて中が外から丸見えになりました。次に屋根がはがされ上空から見たら、ドールハウスの屋根をどけたような状態なのに内部は竜巻の通過跡のような惨状で、まるでニュース映像を見ているようでした。さらにステンレスの浴槽がひん曲がった状態で転がり、システムキッチンや冷蔵庫がおしつぶされてスクラップと化していきました。長年見慣れていたお気に入りの薄いブルーの家が、無残に破壊されていく様子は胸が鷲掴みされたという形容がピッタリな、心の痛くなるものでした。
以前自宅を建て替えるときに、仮住まいに転居していて、自分の家の取り壊しは途中一度も見ることはありませんでした。その時近所の奥さんから、解体すごかったわよ見なくてよかった、と言われましたがそれをお気に入りの家で追体験させられた気分になりました。
以前にも、モノの寿命について触れたことがあると思いますが、今回もまた考えてしまいました。
破壊されることが予想される軍艦でも、2年余りで沈没した戦艦武蔵と26年後の原爆実験の標的となってもすぐに沈没しなかった(二度目の原爆実験の四日後に沈没した)戦艦長門。車でも、トヨペットの営業マンを父にもつ友人から聞いた、納車当日に全損となったトヨタ2000GT、私が時々目にする1963、64年製と思われる練5ナンバーの1オーナーのプリンス、グロリアスーパー6。モノにも人と同じように固有の寿命があるのではないかと考えさせられてしまいます。
そんなことは当たり前だよと言われてしまいそうですが、もしそうなら、人と同じようにその寿命はわからないのですから、古いものを持つなら手元にある間だけでも大切にしてあげなくてはと考えます。変でしょうか?。
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